作者都合により、
七月十二日分、二ノ二 風雲
七月十三日分、二ノ三 南光坊天海大僧正 の二節を同時にアップし、十三日のアップはお休みと致します。
二ノ二 風雲
太閤の死は前線に暫く秘されていた。
こう言ったとき、概ねはこうしたものだが、知らないで戦ってその間に戦死した者は浮かばれない。
死んだのは八月十八日で、撤退が完了したのは十一月も末だった。
そしてそのあとは一瀉千里だった。
前田利家が生きている間は未だ良かったが、翌年彼が死んだ途端に騒動が起こる。
世に言う七将襲撃である。
三月三日の夜、利家の死去が公になった夜、大坂の石田三成邸が完全武装の七将の勢に囲まれた。
囲んだのは福島正則、加藤清正、浅野幸長、蜂須賀家政、黒田長政、細川忠興、そして藤堂高虎である。
結果は三成を取り逃がし、伏見迄逃れた三成は徳川家康の屋敷に駆け込んで庇護を受けたが、そのまま居城佐和山に蟄居となって、家康は一番の政敵を封じてしまう。
七将の動機と目的は何だったろう。
福島、加藤は生理的な反目、つまり秀吉子飼の小姓上がりとして武断派と吏僚派、出世の道が全く異なり対立してきたことにあるだろう。
浅野、蜂須賀は蔚山城の死地をともに乗り越えた戦友愛が、清正に同調と言う形になったと言えるが、問題はあとの三人。
忠興は自ら自らを野心家に分類したが、秀吉亡き後の世相についてどう判断しかつどう積極的に行動するか、野心家のそれぞれの思惑が結果として一致したものであったのだろう。
細川忠興は乱世を望まず、いかにして早期に平和を回復するかを考えて行動した。
黒田長政は全く反対に乱世を呼び込み、その中に己の才能を結実させたい、と望んだ。
そして高虎はそれらに目配りして尻馬に乗った。
世間では、清正等と同じく朝鮮で苦渋を飲まされた結果と捉えるだろう。
それはそれでよし、名聞と迄は行かないが、理由にはなる。
これも戦国乱世を生きてきた知恵だった。
彼は次の大本命、徳川家康に積極的に接近する。
もし主君としたら、それは浅井から数えて七人目となる。
風雲は急を告げていた。
豊臣の五大老のうち、利家の跡継ぎ利長は屈服したが、上杉景勝は明確に反旗を翻した。
家康からに詰問に対して、謀将直江兼続は痛烈な返書を以て報いた。
世に言う直江状、立場の如何を問わず一読背中に風が吹き抜ける気分になる啖呵である。
それを名聞にして家康は上杉討伐の軍を起こす。
大老筆頭が大阪城で軍議をして、謀反人を攻める。
豊臣の家臣たる者、命に従って出兵するのが道理であり、大方はそう動かざるを得ない。
だが、この謀反なるものは石田三成との連携作戦で、家康を大坂から引き離し、太閤後継の野心を砕くのが目的であり、家康またその手に乗って三成の決起を誘う腹なのだから、いずれ東西激突となる。
小山の陣で三成挙兵を知った彼は、直ちに反転した。
徳川家康は比叡山に居る天海を呼んだ。
織田豊臣系の武将達を先発させ、自身は座り込んだ江戸城に、であった。
対上杉の行動を起こしてからと言うもの、全国通々浦々の凡そ領主と名の付く者達からは手紙が殺到している。
要は出陣祝いと言う形をとって慇懃を通じ、ご機嫌を取りあるいは形勢を窺うものである。
それを片端から披見し、相手と内容に応じた返書を書く、多数派工作だが、中身は飴と鞭、色々であった。
その為に多忙をきわめて出陣が遅れに遅れて周囲の不審を買ったが、これにはべつに二つの理由があった。
ひとつは先陣を命じた織豊系諸将の動向向背を見る。
離れておれば万一離反された時の影響が少なくて済む、そしてそのような目で見られていると感じたとき、諸将は一層奮励努力して忠誠を示すだろう。
そしてもうひとつが天海の到着待ちである。
家康が天海と会う時は他の家臣は居ないことが多い。
用向きが概ね加持祈祷ないしは卜占だからだ、と理解されているが、つまりは究極の密議であった。
あの男と始めて会ったのは、関白が太閤となった頃のことだった。
単に比叡山天台の碩学と言うことでつきあい始めたが、お捨、いまの秀頼公誕生の際に密かに立てさせた卦から家臣、謀臣扱いになった。
「御坊に折り入って頼みたい、先々の吉凶を占って頂きたいことが有る」
「なんなりと」
「これへ、」招き寄せた、声を潜める。
「豊家若君ご誕生のことである」
「・・」
天海は目を上げた。
家康の顔を見る。
だがそのまなざしは常の者とは違っている、
みつめているのではない、もっと言えば見ても居ない、ただこちらを向いて、そしてこちら側のすべてを包み込んでいるような目であった。
「我等にとっての先々の運勢の卦」
「十五日の後に」天海は一礼して下がって行った。
その日が来た。
前にもまして厳重な人払いを敷いた。
「若君のご生誕、豊臣家にとって大凶にござり申す」
「当家には」
「申すまでもなく、大吉」
「訳は、」
「占いに訳等ござりませぬ」
「でも、知りたい」
天海はまた家康の顔を真正面から見た。
「ならば」 天海は座り直した。
家康は問うた。
「世継ぎが生まれて何故の大凶か」
「既に豊家世継ぎはお決めでございまする」
「関白が事よな」
「さようでござる」
「今、実子が生まれる、つまりは、天下争乱のもとか」
天海は瞑目した、
合掌して呪のようなものを唱えている。
家康は考え込んだ。
深く考え込んで、独り言を漏らしていた。
「天下争乱、豊臣家に取っての大凶」
「それが、それ故に、我が家の大吉」
天海は呪を唱え終わった。
ぽつり、と言った。
「王侯将相なんぞ種あらんや」
「太閤の事か」
「捨て、拾い、ともにおなじ」
「母の血筋は、織田、浅井ぞ」
天海は首を振った。
「父親が知れませぬ」
二ノ三 南光坊天海大僧正
天海が着いた、と聞いた家康は、何時も良くやるように、奥まった小部屋に薬研を持ち込んで、ギイギイ音を立てて、薬を研ぎはじめた。
襖が開いた。
天海が音も無く入ってきて座る。
「よう参られた」
家康は薬研を置かずに側迄招き寄せる。
研ぎ音は格好の目くらましになる。
「太閤亡き後利家も無し、ここ迄は御坊の計らいのごとくで御座る」
「拙僧が計らったわけにてはござらぬ、時の流れ、運気と申すもの」
「さらば次の運気は如何か」
天海は目をつぶった。
「いま東西決戦、大義は何れにも無し」
「なんと、」
「西は秀頼を擁し、東は君側の姦を除くと言う、されど所詮は豊家家来間の私闘でござる」
「よって事はすべて実利によって決する、すなわち軍勢の多寡明らかなればそれにて決し、先々または今、己に利あるはいずれか明らかなれば、それにて決します」
「軍の数、これは定まらぬ、その事自体がそれぞれの利害によって変わる」
「東軍と申し、西軍と申しました、これは東国軍、西国軍と読み替えて宜しい」
「決戦の場は美濃、不破の関辺り、領地がそれに近くかつ東西何れに有るかで、先ず諸候の動向は決まりましょう」
「そのように割り切ってよいのであろうか」
「大局と申すものでござる、勿論九州奥州のごとき遠地は別でござるし、もうひとつ、数は少なくも明らかな信念判断を持って動く者も別でござる」
「それは・・」
「先ず第一、直江山城、上杉幕府樹立が夢でござる。 伊達政宗、これも天下に望みを繋ぎ居ります。ただいずれも今申す東西決戦の場には縁は無し」
「場に絡む者のうちでは何者が・・」
「例えば三成を襲った七将のうち、細川忠興、黒田長政、藤堂高虎の三名、高虎は自身の勘と経験に従って徳川の世と読みこれに掛けており申す、黒田長政、これは父ゆずりの乱世の雄なれば争乱の中の立脚点を徳川に求めて従いまする。細川忠興は父幽斎殿がすべてに通じ、すべてを見通しておりまするなれば、それによりつつも、己の判断にて動き居りまする、ただし黒田と異なり彼が求め居りまするは泰平でござる」
「これらの者は己の考えを固めてお味方仕れば、安んじてお使いなされ」
「ではその逆は、裏切るは、何者」
家康は手を止めて、天海に向き直った。
じっと顔を睨んでいる。
天海も正面から見返している。
二人の間に電流が流れて火花が散った。
そして、家康はフイと顔を逸らした。
左の袖口をまくり上げた。
「かゆいわ」
肘の辺りを示して掻く、
「朝倉攻め、金が崎の退き口での手傷でな、こう言う時には痒くなる」
目は天海をみつめたまま、
天海も見返したまま、
時が止まっていた。
やがて天海が口を開く。
「天機を捕らえて動く、ならば天下も覆り申す、西軍の中に埋伏なされ、それらの者を」
決戦は近づいていた。
そして東西どちらも豊臣秀頼を立てていることには変わりない。
三成は勿論だが、家康も豊臣に代わるとはおくびにも出していない。
だがよほどのお人好し、ぼんくらは別として、概ねは政権交代を前提で自らの行動を律していた。
お人好し、ぼんくらの代表は大老毛利輝元、家康を先物買いする、はしっこいのは先の七将中の野心家達など。
何が何でも三成憎しの武断派太閤子飼い上がりは別として、その他の諸候は右往左往。
藤堂高虎はひそかに動いていた。
家康に従って下野小山から兵を返したが、上方に居て西軍に属することになる知るべの大名に手を回す。
まずおなじ伊予で同じく七万石、隣りの府中の領主小川祐忠、
この男は山崎の合戦では明智に属し、そのあとは柴田に属したが、長浜城に居た勝家の甥勝豊の付け家老の時、勝豊が秀吉に調伏されたに伴って羽柴に移り、次第に立身した人物である。
次は朝鮮で戦友だった水軍の将、淡路の脇坂安治。
彼は賤ヶ岳七本槍だから、太閤子飼の一人、恩顧の最も厚い一人になる。
此の仲間は強烈な反三成派が多いが、彼はそれほど突出してはいないようだった。
此の二人はいま大老宇喜多秀家の指揮のもと、伏見城攻めに加わっている。
だが、彼等二人は二人とも揺れていた。
そして高虎の誘いに乗って来た。
高虎は家康の前に出た。
「脇坂安治、小川祐忠、それがしが説得に応じ、我が軍に心を寄せ居り申しまする」
「それはよい、したがその覚悟のほど、どのくらいに確かなるか」
「脇坂は太閤子飼なれど、朝鮮の戦で愛想を尽かしておりました。此れは同じ水軍として行動をともに致した某にも良く伝わりおり申す」
「祐忠は如何」
「これは利を以て釣っておりまする、なにがしでもお示し頂ければ即落ちましょう」
家康はちょっと考えた。
「明らかに申すは避けたい、あの男、元々向背常ならぬ。言質は与えずとも転ぼう」
「脇坂は如何致しましょうや」
「うむ」
家康は後ろを振り返った、崇伝に、
「あれを高虎に見せてやれ」
崇伝がもってきた書状を披見して見て、高虎は驚いた。
「これは、」
「脇坂安治、既に二心なきを誓って来居り申す、しこうして高虎殿の説得に応じるものである事も明示しており申す」と、崇伝。
「良く心配りしておる、此れは然るべしじゃ」と、家康。
「それよりも」崇伝が一礼して言う。
「敵の総帥、毛利大老を骨抜きに致しまする」
「なんと、いかにして、」
「吉川家当主広家どの、宗家毛利輝元殿が所領安堵を条件に、当方に従う意向を示し居ります」
「それは大変良い話じゃ、進めよ」
「もうおひとり。毛利三川の一、小早川秀秋殿は」
高虎は訊いた。
家康が返事する。
「此れも手は廻しておる、あの若造ふらついておるがな、良い家臣が居ってな」
「松野道円じゃ」
「あぁ、なるほど、」 高虎は納得する。
「先代隆景殿と二人で朝鮮の山野を駆け回られる姿は、それがしの目に焼き付いておりまする」
「うむ、だがな、もう一人宿老が居ろう、太閤が金吾に付けた家老の稲葉じゃ、」
「あれを天海が操っておるでのう、いずれは役に立つであろうよ、」
崇伝がいやな顔をするのを、片目で流し見しながら家康は呟いた。
「天海が裏切りの糸を引く、さぞや、えげつないものになるであろうよ」