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妖刀伝・外伝を7月1日より新規連載します  室町末期から徳川初期に到る時空列を縦糸、武将と小姓の個の愛と誠が横糸の叙事詩、序上中下巻よりなり、因縁話の基層である序章はポルノ、バイオレンス的描写を含む


by annra
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妖刀伝・外伝巻之壱 織田信澄  1 京の都



  妖刀伝・外伝巻之壱 織田信澄

一ノ一 京の都

「これが、都か」 
ぽつり、と、その武士が言った。
「話に聞くよりも、もっと酷いものにございますな」
従者が答える。
「・・」
主の武士は暗い表情のまま、黙ってうなずく。
此の場に立っては全くの処、その反応以外の何ものも期待出来そうに無い。

大路小路が縦横に組合わさって連なっては居る。
だがその街を構成する筈の家々は、すべて焼け落ちて灰になって居た。
尾張の田舎から出てきてようやく京に辿り着いて、逢坂の関の跡をこえて東山を越え、名残の桜の花吹雪が散り敷く中を、三条の粟田口あたり迄降りてきたところで、出くわしたのが、この光景だった。

彼ら主従が歩いている道は、真っすぐに繋がってはいるものの、その境目は曖昧だった。
左右も、見渡せる限りの彼方迄も、焼け崩れた家の残骸が累々と折り重なって、道の端迄はみ出している。
歩いている者もまばらで、
「これが花の都の姿か・・」 
と、その武士はふたたび嘆息した。

押し黙った主従はそのまま焼け跡の中を歩を進め、小半刻も行ったかと思う辺りで、ようやく前方に何軒かの家が見えてきた。
更に進むと、それは次第に数を増してくる。
「あれが西の陣の辺りではございませぬか」
「そのようじゃ」
新建ちの家が立ち並ぶ辻迄来ると、あちこちから機織りの音が聞こえて来る。
「輪違屋は何処かな」
「探して参りまする」

人に尋ねると、その店はすぐに判った。
大きな辻の角店だった。
前には綺麗な小川が流れている。
これは輪違屋草兵衛と言って、京でも老舗の呉服の店である。
門口に立って訪なうと、中年の恰幅のいい主人が飛び出してきた。
「遠路、ようこそ、おこしやす」
「信秀じゃ、造作になるぞ」
答えたこの武士は、名を織田弾正忠信秀と言う、
尾張半国の実質支配者で、近頃少しは名の知れ始めた戦国武将であった。

奥の座敷に上がってくつろいだ信秀に、茶が出された。
もう尾張でも珍しくはないが、未だ何処ででも出るものではない。
綺麗な娘がはこんでくる。
楚々とした様子が如何にも都ぶりで、着ているものは商売柄あか抜けしていて美しい。
客の前に出るので着飾ったのか、と思うが、そうでもなさそうだ。
鶸色の地に萌葱と紅藤色の雲がかかって、御所車の輪が見え隠れするその小袖は、普通よりはすこし袖が長く、かつ絹織物ではなかった。
それは木綿と言って、近頃一般化した布地、綿花の栽培で此の店と尾張は繋がっている。
「娘御かな」
「下の娘にございます」
「美しいのう」
茶を喫しながら信秀は言う。
「熱田神宮の件では、いかい世話になった」
「トンでもございまへん、私どもこそ」
「儲かったかな」
ニヤッと笑う。
尾張下四郡は熱田神宮に市と港を抱え、商取引が盛んだった。
その経済力が信秀の軍事力の源泉だったが、輪違屋も都の呉服商として、そのおこぼれに預かって居るのである。
信秀が上京したのは、訴訟の為だった。
と言うより訴訟まがいのことに勝った御礼であった。
幕府の権威がきちんとしていた頃なら、もともと守護代の家老である信秀が、都まで来ることは無い。
下克上で諸制度が乱れた今、地方で横領した諸権利権威を追認させる為にこの手を使う。
港の支配権を公認させる為に昔荘園領主だった近衛家の権威を利用したのだが、これとて近衛の当主様は与り知らぬところで、信秀と先方の家令との合作だった。
そしてこれを柳営に持ち込んで書類にする。
もちろんこれも将軍家に会う訳ではない。
出てきた男は御側用人格で、朽木なにがしと言ったが、要は持ってきた金銀との引き換えに公方の黒印状を作ってくれるのである。
未だ四方は敵ばかりの彼だから、そう長居は出来ない。
だが出てきた以上、短い間に出来るだけ遊山をしたい。
そんなことでも地元の実力者であり、取引先である輪違屋を利用していた。

さりながら、このところの戦乱で、由緒の神社仏閣も焼けたり破損したりして、見るべきものは随分と減っていた。
それでも尾張の田舎者には、目を見張るものばかりだった。
輪違屋は将軍家御用達だから、金閣、銀閣ともに御庭先から拝見出来たし、相国寺の塔の高さには肝をつぶした。
その日は上下の賀茂社に参る予定だったが、
「朝のうちにちょっとお祀りをしたいことがございますので」
と言うのに、ついていく。
相国寺の北側に深い大きな森があった。
巨大な木々が生い茂るその杜は、人の手が入るのを拒む神の聖域である。
「相変わらずの焼け跡ですわ、」
草兵衛が言う通り、大きな神社の燃え落ちた跡がある。
「応仁の乱の時はここが最初の合戦場でして、お社の方はこの間の戦で丸焼け」
「何と申すお社なのか」
「上の御霊はん、お祀りしてあるのは、崇道天皇はんの御霊でございます」
何人かの人が待っていた。
神官風のも居るし、武家商人、工人も居る。
暫く待っていると、だんだん人が集まってきて、大きな固まりになった。
「これはようこそのお参り」
草兵衛は如才なく挨拶する。
中の一人、お伴の武士を連れた少年は、相応の身分のようだった。
「細川はんの御曹司、お父上のご代参ですわ」
と、草兵衛は囁いた。
焼け跡の中央に、ま新しいお社が置いてある。
人が抱えて持てるくらいの小さなものだが、
「余り恐れ多いんで、こんなんですが、仮に私がお祀りさせてもらいますのや」

そしてそんな毎日の中でちょっとした事件が起こる。
輪違屋には娘が居た。
上は結婚していたが、下は未だだった。
着いた日に茶を運んだ子だった。
信秀は手を出した。
それらしく口説く等と言う芸が、この男に出来る訳は無い。
美女と野獣だったが、娘は素直に従った。
脂ぎった初老の男にはもったいない話だが、主人は見て見ぬ振りをしている。
もしお胤を頂いたら、それは尾張に居る大勢のお子達の兄弟姉妹になる。
女子を政略に使うのは、武家ばかりではなかった。
by annra | 2005-08-11 10:00 | 外伝巻之壱 織田信澄(完)